山のコント 大蔵山。
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     2009年2月19日の気持ち
  200年5月22日大蔵山登山口にて
 新潟県は縦に長く河川の数も多く、山嶺も長く、其々に特色があります。良くも悪くもそれが個々の魅力になっています。五泉市(旧村松町)の山は自然が濃いのが特徴。それで物語が生まれます。
 大蔵山から菅名岳にかけては縦走する人が多く人気のある山です。今年も地元の酒造所が主催して寒九の水汲みをした山でもあります。
 由美子は別れたくなかったが、今までの経験からいってもこれが潮時とも感じていた。が、それにしても腹が立った。あんなに貢いで仕事まで世話してやったのに。それに先に好きになった相手ではないのに、先に別れを言われたことは由美子の性格からいっても悔しい。そのうえ、あの事もある。
 「じゃあ、別れてあげるから、最後に山に行こうよ」
 「えっ、山かよ。おれアウトドアが苦手なんだよな」
 「いいじゃない、今まで誘っても一度も一緒に行ってくれなかったし、手切れ金だと思えば安いもんでしょ」
 「手切れ金って」
 「最後の思い出を作りたいのよ、最初で最後だからいいでしょ」
 「おれ、山の服装とか靴とか持ってないけど」
 「大丈夫よ、800m位で本格的な山じゃないし、もう6月だから運動靴に短パンで大丈夫よ」
 「なんて言う山?」
 「大蔵山っていうんだけど、大中小の大に忠臣蔵の蔵って書く山よ」
 「忠臣蔵って、古いなぁ。とし幾つさ」
 「確かにあんたよりは年上だけど、そんなにおばさんじゃないわよ。つい出ちゃったのよ」
 「ついって?」
 「何でもないわよ。行くでしょ。今度の日曜日にね。それでお別れよ」 約束の日曜日。由美子は男のアパートを自分のパジェロで訪ねた。
 「この車に乗るのも最後か」
 「なによ、あんた嬉しそうじゃない。あんた本当に私と別れるの?」
 「何だよいまさら、そういう約束だろ」
 「あんたね。あたしみたいないい女はそんじょそこらには居ないわよ。あとで後悔するわよ」
 「そりゃあ、感謝しているけどさ。気持ちがどうしてもなぁ…」
 「あーあ、女も男に感謝されるようになっちゃおしまいね」
 由美子は登山口の駐車場にパジェロを乗り入れた。ドアを開けると初夏の気持ちよい空気が飛び込んできた。
 「ああ、気持ちいい。登山日和ね」
 「それはいいけどさ、なんでおれが短パンでお前が長ズボンなんだよ」
 「うるさいわね。あんた山用のズボンなんて持ってないでしょ。それに暑がりなんだから、今日なんて短パンでちょうどいいのよ」
 「そうかぁ」
 二人は登山口のゲートをくぐり、林道を歩きだした。所々木陰があり、男も爽快な気分を感じていた。林道途中で登山道は右に別れていた。ここが本当の登山口らしく立派な表示版があった。小さな木橋で沢を渡り道は森の中に入り草むらの登りになった。
 「何だよ、草が濡れているじゃないか」
 「途中までよ。だんだん乾いてくるから」
 途中から急登になり男がゼイゼイ言い出した。
 「あー苦しい。だから山なんて嫌だったんだ」
 「我慢しなさいよ。ここは森の中で日差しを遮っているので楽な方なのよ。もう少しすると九十九折になるから頑張って」
 「ハァー、つづらおりって?」
 「何にも知らないのね。道が折れ曲がっていて、その分平坦になるのよ」
 「早くつづらおりたい」
 由美子の言う通り、道は九十九折になった。先を行く由美子のあとを男は付いていく。と、その時。
 「ぎゃー、何だよこれ、げー、取ってくれよー、早く早く」
 男の短パンから突き出た足にはミミズの短いようなものが幾つも蠢いています。それはヤマヒルだったのです。
 「由美子ぉー、助けてくれよぉ」
 「あんたね、私の妹と付き合っているそうじゃない」
 「何だよーそんな事はどうでもいいじゃないかよぉ、頼むよ取ってくれよぉ」
 「私はね、別れてもいいと思ったけど、妹と付き合っている事が許せないのよ。じゃあこれでお別れね」
 と言うなり由美子はヤマヒルに取り付かれて半狂乱になっている男を残して、快調な足取りで頂上に向かいました。
 大蔵山の沢コースはヤマヒルがいます。くれぐれも短パンで登ることがないように願います。ヤマヒルを体験したい人以外は階段コースを通る方が無難です。また、グループで歩く場合、最初の人が通った事でヤマヒルが戦闘態勢になり、二番目以降の人が噛まれる率が高くなります。でも、ヤマヒルの異常発生の時は先頭の者にも複数で襲ってきます。自分の場合、同じ山系の木六山で大発生の年に登り、足を上がってくるヤマヒル相手にアドレナリンを大量に消費してしまいました。